絵日記
O内の呟き、、  200910
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サウ゛ォワ邸。
ル・コルビジェは、僕の想像をはるかに超えて、偉人だった。

都市建築は本当に、言葉を失う。

言い換えれば、管理されていると思う。
パリ構想、ブラジリアとか。
でも本当に、圧倒されて、息を呑む。

建築の凄さ。
少し甘く見てた。
全く価値観変えられた。
完全に知識不足で、悔しい。
勉強しないとなぁ。

ちなみに最近になって、アン・ドゥムルメステールを知った。
なるほどね。

世界は広い。
今のこんな狭い世界じゃあ、もう全然駄目。
何がどのように、とか具体的にではないけど、とにかく駄目。

本の救いが欲しいな。

決めた。

自分の信念がほんの少しの思考で揺らいでしまうのには幻滅するけども、若いのだから良しとしよう。

かなりの収穫だし、だいぶ気持ちが楽になった。

この決断で勿論失うものはあるのだけど、やってみなければ分からない。
終えてみて、判断する事にしよう。
無駄な事なんてあんまり無い、それが前提だ。

残りの人生どれくらいあるかなんて誰にも分からん。
だからこそ、後悔はしない方が良い。
間違った選択と価値観を捨てる努力をしなければならない。

果てしないけど、やってみる。
十年程前、祖母は脳梗塞で倒れた。
その際の麻痺が、主に左半身に残る結果となる。
元々持病であった糖尿病、腰の精神痛や高齢化もも重なり
今では生活の範囲が、ベッドから半径1メートルという状態だ。
歩くのもままならない。

そんな祖母の弟もまた、去年の暮れ、脳梗塞で倒れた。

突然の知らせだった。

つい先日その事を知った、実際時間の開きには様々な事情があるのだが、祖母は今日、その弟の入居している施設に、一本の電話をいれた。
弟の会話能力は、脳梗塞の被害を受けずに済んだのである。


内容は極めて簡潔、励ましたい、との事だった。

祖母はおそらく、残りの人生で家から外出する事は、ほぼ無いといってもよい。
死は一歩一歩、確実ににじり寄ってくる。

彼女の弟もまた、麻痺によって歩行困難だから、施設から出るのは無理に等しいだろう。

つまり彼女らが再び再会するのは、もしかしたら、現世では叶わないのかもしれないのだ。

そんな状況の元での一本の電話。

多分、僕ら世代には想像も出来ない、色んな想いの詰まった、一つの回線だった。

両者が確実に意識した死という現実。
それらをも乗り越えた上での兄弟の会話。
祖母は感極まり、思わず涙が出る。

僕は複雑な心境だった。
絶対に彼女らの想いは分かり得ないのに、なぜか震えた。

同時に、最も恐れる事の再確認もなされた。

死は、僕らが思っているより、すぐ近くまで来ている。
明日精神と肉体があるとは、誰にも言い切れないのだ。

これからの長い道程、それは意外と短いかもしれないが、死ぬという事を自身の中で飼い馴らし、宥められるかどうか。

最終的に人間は、そこに落ち着くと思う。

僕ら若い世代は、付き合っていかなければならない。
不可避の現実なのだから。

僕はそう、強く、感じた。
mixiの危険思想の危険人物ってコミュ、やばいな。笑

何かしら苦痛があったんだろうけど、彼らは認める事を知らない。

まぁ、世間知らずの僕は言及する資格は無いか。

ただ、事実を受け入れる事無しには、人は成長しないと思うのだけれど…

人間色々。犯罪を犯さない事を願うばかり。
僕達は今この瞬間が永遠に続くと錯覚しがちだが、実際は死へのカウントダウンが止まる訳もなく。
その限りある貴重な期間に何を感じ、学び、吸収するのか。
そういう所が大事だ。

勉強ばかりの人生に、人間の豊かさは伴ってこないと信じる。
確かに学ぶ事は大事なことだが、未成年のうちは、人生経験を積むべきなのだ。

多感な時期の体験は、後々、多大な影響を及ぼす。
将来の人格形成の核となる。

だからこそ、受験による制約をかけない。
学歴は得られないだろうが、教養や知識・哲学は得られるはず。
様々な人と出会い、一端に触れ、思考の源とする。

僕はそういう生き方をしたい。

学歴社会は無くなってないだろうし、もしかしたら将来の自分が無職で、その日暮らしをしているかもしれない。
だがその時々で自分の信念を信じて対決していけば、世界は変わる。
そう信じる。
そして、その信念を創るべきは、間違いなく今なのだ。

俺はそういう生き方をするぞ。
指針を立てて、世界に何が起きようとも、道に迷わないようにする。
それが大事だ。
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電車に揺られ、バスに揺られ。
はるばる行ってきた利府町・宮城スタジアム。
翌日の強歩大会の事は頭の片隅にもなく、家に着いた時は12時を軽く過ぎていた。

間近で観る日本最高峰のトッププレイヤー達。
やる気が有るのか不明なトーゴ代表。
温度差の激しいサポーター。

あの空気、雰囲気の余韻で勉強に手がつかない。

色々見てたけど、見方が素人だからボランチをあんまり見てなかった事に後悔。
ひたすら両SBの走り出し、森本、中村俊輔見てた。
だから長谷部の運動量より、パスミスの方が頭に残ってる。
岡崎のパスの呼び方とか上手かったと思うけどね。
森本はあんまりフリーラン的なのしてなくて、ポスト上手だった。
自分は寿人みたいに動いて、プレスかけまくるから、森本のスタイルは凄いと思ったな。
あとは、体の使い方。
森本はもちろん、長谷部とか中村とかも以外とブロック上手かった気がする。

中村俊輔は全ての質が高いレベルだから、やっぱり必要なんじゃないかな。
本田はもっと、パス出すのかシュート打つのか、早く判断した方が見てて楽しい。
徳永よりかは内田の方が良い感じ。
足早いのは大きな武器だし、ポジショニングが内田の方上手い。
徳永はひたすらワンツーで裏狙おうとしてるから、対処された時厳しい。
その点篤人は結構パス貰う事意識してるし、アーリーの精度も高くて好き。

こんな感じ?
あとはアウトプット出来るかどうか。
大学行く前にレベル上げたい。

強歩はどうでもいい。
というか、走らなくて良かった。
夜のピクニック観てるから、歩き方は分かる。

映画も文学も紙一重で、どちらも教訓が多いし、生活にちゃんと還元出来る。
だから好きだ。
損は無い上、知識も得られる。
学ぶべき事はまだまだある。
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キザワと街に行く。
完全に僕の立ち位置はキザワに対して"オマケ"であり、果たして今日の旅に必要だったかは疑問だけれど
その分の会話と、笑いは、しっかり楽しんだ。

学校にいるとどうしても、僕は閉鎖的な生き方しか出来ない。
だからこそ、こういう時間が必要。

受験生としての観点から見たら、明らかに不要な時間だった。
しかし人生の長い観点からみたら、些細な時間なのだ。
勉強に全てを費やしてても、生涯単位でみたら、この息抜きのあるなしは、少しの差でしかない。
生きていればいつしか、そんな差異は簡単に消え去るはずだ。

だったら別に、現在の生活の中心に勉強を据える必要はないとは思う。
もちろんこの時期、状況下では勉強は大事なことではある。
だけどもっと、今しか出来ないこと、大学に入る前にやるべき事を出来る範囲で終えた方が、懸命な気がする。

僕にとっては紛れも無く、この息抜きや娯楽は、今しか出来ないこと。
だからみんなと自転車で走り、ぶらり途中下車。
ただそれだけの事。

無駄な事なんて、実は余り無いと思うけどね。
どこかで何かは役に立つ、とは思うよ。
その場面で自覚出来ないことが多いから、無駄だって思ってしまうんだろうなぁ。