絵日記
O内の呟き、、  200911
時々こう、自分の立ち位置がふと分からなくなる時があって

そういう時はただひたすら寝たり、無心で本を読んだりして、ただ時間が経つのを待つのだけれど

昨日と今日は特に、際立って、前例なく目が見えなくて
怖いんだけど、どこか無頓着、無関心でいて

何だかもう一日、ぼーっとして、いたのであります。


このまま、世界に関わらない日が、永遠に続けばいいのに。

あと少し経てば僕は、あっちの領域に踏み込まなければならない。

人間は欲望に逆らって生きる事が出来ない。

大きな流れに立ち向かおうと努力する事は出来ても、結局は、波に負けてしまうのだ。

ヘウ゛ンを通して、再確認出来たというか、新たな観点を獲得する事は出来なかったのだけれど、でもあの一冊に集約されていたものは凄く大事な事だったから、複雑な心境だ。

人間というのは常に欲求と共に生きている訳で

そもそも、相手を思いやる心遣いや道徳、
心身の安全を保障する法律だとかは

大多数の弱い人間が、僅かな強い人間からの支配・迫害を受けない為の、道具や自衛の根拠に過ぎないのではないか。

弱者は自分のされて嫌な事を、他人にしようとはしない。
なぜなら、自分が同じようには支配されたくないから。
建前をしっかり守っていないと、自分も、自分より強い人間にやられてしまうから。
その点で、弱いのだ。


自分は馬鹿を見たくない。身を守りたい。平和でいたい。傷つきたくない。死にたくない。殺されたくない。
そういう自分可愛さで造り出したものが、道徳や法律なのではないか。
弱者は圧倒的に多いのだから、皆で歩調を合わせて、波風立てまいと保守的にやってきた。


そして僕は、そんな事を知るはずもないまま、だけれども弱者として、つまり社会という枠組みに組み込まれ、ここまで生きてきた。

気付くのが遅かった。

だいたいにして犯罪を犯してはいけない、例えば人を殺してはいけない、なんて誰が言い切れる?

何を理由にする?
道徳か?法律か?常識か?世間体か?被害者感情?

全部、自分可愛さゆえに、弱い人間達が勝手に生み出した、架空のもの、空虚なものだろう。
関係が無いんだ。
先人が作り上げたもので、現代人にはまるで関係がない。

そして関係のない人間は、従う必要なんか全くないし、また、欲望にも逆らえないんだから、何か欲求が生まれたら、実行するのが元来のものだと思う。

それが例え、『道徳』に反するものでも、だ。

人間の一番の敵は、紛れも無く、欲望。
最も人と距離が近く、そして逃げられないものだと思う。

思ったら最後、自身の中で飼い馴らす事なんて不可能だ。
本当に、逃げられない。

誰かに死んで欲しいと思ったら、その手を相手に向けなければならない。

そう、思う。


…下らな笑
携帯で書いてるから論理展開意味不明だ。

今の自分に出来る、犯罪の肯定の限界はここだ。

まぁ、端から端まで、全部、思ってもいない嘘。
究極の表現は、もはや言語を超えてしまっているから、対話会話なんてのは、たかが知れてると思う訳だ。

自分の心理、思想を正確に現す事は困難だ。
単語の選択、ニュアンス、文脈…
色んな要素一つ一つ、確かなものを自分から産みださなきゃいけないから。

御前に産み出せるのか?
その行為動作は、そんなに生易しいもの?
産みだせる程の人間としての中身も伴っているのか?

言葉で表せない事なんて、ない。
有り得ない。
そうと分かっているのに、人は、僕は言話を用いる。
この矛盾。
自己嫌悪とは、こういう時にするもの…?

極限まで突き詰めていったら、やっぱり視覚とか聴覚に、直接伝えるのが、効率が良くて正確な表現。
見せたまま、聞かせたままが全てだから。
もちろん受け手がその内容意図を正しく受信出来るか、という問題はあるけども。

全世界的に発信するには、それしか無いでしょう。
言葉も伝わらない文化も違う。
肌の色も違う固定観念だってある。

あ、やっぱりそれじゃあ、伝わらないか。

なんて。
下らな。
結局、バベルを観たいと思う、だいたい、夜更かしと早起きの、今、調度、交点。